見出し画像

横浜市デジタル統括本部長に聞く! 横浜DX戦略の目指すものとは

皆様こんにちは。
横浜市デジタル統括本部です。

新年が明けたのはついこの間…と思っていたら、あっという間に4月も目前ですね。
4月は春の到来をイメージさせる月ですが、春は出会いと別れの季節と昔から言われており、色々と環境が変わる方も多いのではないかと思います。

変わると言えば、ここ数年はコロナ禍でライフスタイルやビジネスのやり方などに変化を余儀なくされた方も多かったのではないでしょうか。
コロナ禍では、ソーシャルディスタンスという言葉で人と人との物理的な距離を取ることが推奨された一方で、「オンライン飲み会」に代表されるように、新しい人同士のつながりの形が生まれるなどの変化も起き、同時にそうした取組みを支えるものとして、様々な形で「デジタル技術」が注目されることになります。

行政でも同様にデジタル技術が注目されることになりますが、その理由のひとつは残念ながらネガティブなものでした。
コロナ禍で住民への支援として行った特別定額給付金やコロナワクチン予約などが、デジタル活用が浸透していなかったことでスムーズに進まないという状況が顕在化したのです。
その結果、「社会におけるデジタル技術の活用の在り方」そのものに大きな議論を巻き起こし、それがいつしかデジタルを活用した社会変革である「デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)」という言葉で注目されることとなります。

デジタルトランスフォーメーション
デジタル技術を浸透させることで人々の生活をより良いものへと変革すること。「Trans」は「Cross=X」と同義語で既存のものを「超える」、「formation」は「形」の意で、もともとの形態や機能が大きく変化する、つまりDXは、デジタルで既存の価値観や枠組みを根底から覆すようなイノベーションをもたらすものを指す。

生活とは切っても切れない関係になったデジタル技術を活用して、様々な課題を解決し、新たな価値を生み出す変革の力を社会に普及していくことが必要とされ、国ではデジタル庁創設など新たな動きが起こりました。
そして、横浜市においてもDXを起こすべく、2021年4月にデジタル統括本部が立ち上がり、2022年1月末には「横浜DX戦略(仮称)」方向性/骨子案(以下「横浜DX戦略」といいます)を公表しています。

今回の記事では「横浜DX戦略」についてもっと深掘りして皆様に理解していただきたい!と思い、下田デジタル統括本部長のところに突撃してお話を伺ってきました。
ぜひ最後までお読みいただき、横浜におけるDXが目指すものとその向こうにある未来を想像してみてください。

以下の記事をお読みになる前に、こちらのnoteをご覧ください。

お話を伺った方
下田 康晴(しもだやすはる) 横浜市デジタル統括本部長
(プロフィール)
入庁後みなとみらい21における国際会議場の整備や情報通信のまちづくりの担当を経て、政策局政策部長、経済局副局長、温暖化対策統括本部長、旭区長などを歴任後、2021年4月より現職。

DXという言葉に込められた意味

本日は「横浜DX戦略」について根掘り葉掘り全部聞いていこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いします!!

下田)気合入ってるね。(;’∀’) お手柔らかにお願いします。(笑)

今は、日本全国至るところで「DX」という言葉が使われるようになっていますが、下田本部長の考えるDXのイメージとはどのようなものでしょうか。

下田)「DX」は、デジタルをツールにしたイノベーション加速の取組みと捉えています。
横浜では、これまでも誰かのためになりたいと考える人がつながり、協力し合って社会課題を解決したり、生活を豊かにするための取組みが行われて来ました。
デジタル技術がそこに「無限のつながり」や「多様性の拡大」といった潤滑油を注ぎ込むことでイノベーションを加速し、その多様性から誘発される共創・創発が、いままでどおりのやり方や発想では到底乗り越えられそうにない地域や行政の課題を解決に導いたり、新たなサービスの創造につなげるものと考えています。
それは、単に従前のやり方(アナログ)をデジタルに置き換えるというような局所的なデジタル化とは根本的に違うものです。
「写真を撮る」という体験が「現像が必要なフィルムカメラ」からデジタルカメラに置き換えられたことで、現像の手間が不要になるというだけでなく、世界中で写真データがシェアされるようになるという体験の変革をもたらし、社会へ大きなインパクトを与えているように、真の意味での変革、DXにつながると感じています。

デジタル技術は暮らしの様々な場面に浸透し、人々のライフスタイルやビジネスのあり方すら変革するパワーを持ちましたが、重要なことは、要素としてみた時にそれは単に「手段」でしかないということです。デジタル技術を活用して生活により良いインパクトを与えるための仕組みを作れるかどうかは「ヒト」の力、もっというと「ヒト同士の連携」に掛かっていると思います。

歴史を振り返れば、160年前の横浜開港時に100戸あまりの寒村に過ぎなかった横浜の地に国の内外から様々な人と技術が押し寄せてきました。そうした人たちがガス灯や鉄道などのインフラや新聞などの情報伝達手段を整え、そのイノベーションが日本中に広がっていったのです。
震災や戦争、その後の米軍による接収などの危機は何度となくありましたが、それを乗り越えながら今のような大都市を創りあげてきた横浜の歴史は、まさに「トランスフォーメーション(変革)」と呼ぶに相応しい革新的なイノベーションの連続であったと思いますし、それを生み出してきたのは「横浜の多様性とつながりの力」だったはずです。

そして今、まさにコロナ禍という未曽有の状況の中で人々の暮らしを守るために必要とされたのがデジタルを使った課題解決のための連携を生み出すことであり、その手段としての「デジタル技術の活用」でした。

自分にとっての「DX」とはそういうイメージを持った言葉であり、より大切にすべきは「変革=X」をどのように実現し、新たな価値を創造するかということです。

DではなくXを目指すために

戦略の2ページ目にも「デジタルは手段であって目的ではない」と書かれていますね。「変革=X」のイメージをもう少し詳しく教えていただけますか。

下田)私が、なるほどと思った事例をご紹介したいと思います。工場の動力源が蒸気機関から発電機が生む電気に置き換わった時のエピソードです。動力が置き換わった当初はあまり生産性が上がらなかったそうで、新規投資を考えればむしろ蒸気機関に戻した方が良いのではと考えられるほどだったそうですが、そこにひとつの変革が訪れます。
それは「工場のレイアウトを変える」という、ある意味で非常にアナログなことでした。
蒸気機関の場合、動力は一番近いところほど強く、遠くなれば弱まっていくため、工作機械は蒸気機関を中心に円を描くようにレイアウトされるのが普通でしたが、しかし電力は工場程度の広さでは伝達によって劣化することはなく、配線さえできれば動力源を供給することができます。
新しいレイアウトでは、発電機は工場の端へと移動していき、ついには、工場の外に配備されるようになります。そして、工場は複雑な立体フロアから平面になり、機械が並んで配備されるようになったことで電気の本当の力が発揮され、生産性の向上が実現されるようになったということです。

この事例は、手続きのオンライン化と、窓口のあり方の見直しへのヒントでもあります。
「こだわり」や「変わること」への不安、とまどい、そして抵抗を乗り越え「変革=X」を実現することは、決してたやすい道のりではありませんが、蒸気機関の場所を単に発電機に置き換えても意味がなかったように、デジタル技術の特徴や活用効果が最大化されるようやり方そのものの見直しも含めて考えることが必要です。
DXの実現のためには「デジタル技術」そのもの以上に、そうした変革を生み出せる組織になれるかどうかが重要だと考えています。

横浜DXの最初の一歩を踏み出す火種を起こす

横浜DX戦略を作成する上で大切にした点を教えてください。

下田)まず、皆さんがDXへの最初の一歩を踏み出したくなる道筋をつけることが必要だと考えました。
DXが、イノベーティブな変革であればあるほど、そのゴールをはっきりと見定めることは難しいと思います。そもそも目指すべき行き先が正しいのか、進んでいる航路が間違いではないのかという迷いがある中で船を漕ぎ出すことはとても勇気のいることです。
まずは、デジタル化の効果を実感できるモデルを多様な知の結集により生み出し、発信・共有することからはじめ、「たどり着けるかもしれない」という可能性をより多くの人に感じていただくことが大切と考えました。
そのため、横浜DX戦略では、互いに協力しあって、やがてはDXへとつながる小船が次々に漕ぎ出していけるよう、プロジェクトや共創といった「参加型のデザイン」を大切にしました。

確かに「DX」は全ての関係者に「自分ごと」として捉えていただくことがとても重要ですね。参加型デザインとすることで創出できる価値はどのようなものですか。

下田)参加型のデザインプロセスで得られる最も重要な価値は、「新たな信頼関係が築かれること」、そして「全ての参加者がDXの推進者となる」ことの2つです。
参加型のプロジェクトを一度経験した人同士は、一緒に何かを始めようという動きが生まれやすくなります。プロジェクトにおける「共創」は、始動して動き出すのに手間がかかりますが、一度動き出せれば、その副産物は計り知れません。
特に自治体のような組織でイノベーションを起こすためには、部局を越えた連携や民との交流など、いい意味での摩擦を意識的に作ること、そして、その摩擦を火種に成長させることが必要です。

失礼ながら、変革を伴う活動に関して起こす火種は消えやすいイメージがあります…。

下田)その点に関しては自分もたくさん経験があります。(笑)
おっしゃる通り火種は消えたら意味がないので、起こすからには燃え広がる仕掛けが必要です。
自分の経験上、プロジェクトは始動後ではなく始動前に最大の難関があると思っています。いきなりデジタルの専門家や企業が現場に強引に「こちらがソリューションです!」とアイデアやデジタルツールを持ち込んでも、それが現場の課題を全く無視しているようなものだった場合には当然ながらうまくいかないどころか、そのあとの変革への抵抗も強くしてしまう可能性があります。
そのため、関係者の間で、課題の洗い出しや解決のための仮説を立て、目的やゴール、評価指標などを合意した上でプロジェクトを始めることに賛同してもらうプロセスが必要です。
プロジェクト始動後も、目的についてはブレずに見据えつつも、最初の仮説ややり方に固執せず、プロセスの過程で柔軟にフレームをより良いものに変えていくことも重要です。火種を燃え続けさせるための燃料も薪にこだわらず、枯葉や木くず、樹皮など、その時々に必要な燃料を入れながら、それが焚火となって温もりを感じさせるような取組みに育てていくことが必要ではないでしょうか。

まさに「デザイン思考」をフル活用することが必要とされる場面ですね。

下田)その通りです。
そのため、今回の戦略では「UX」「オープンイノベーション」「アジャイル」「データドリブン」という4つの視点とそれを支える「デザイン思考」を基本姿勢としています。

デザイン思考
課題の発見から企画・デザインまでデザイナー的な思考プロセスを取り入れてプロダクトやサービスの検討に適用する、人間中心のイノベーションへのアプローチである。ユーザーは自身が抱える真の問題に気付けていないことも多い。そこでデザイン思考は、ユーザーの行動観察やインタビューにより、行動の理由や背景、社会や環境に対する考え方、その時の感情も含めて理解、すなわち「共感」する。そのうえで、ユーザーが抱える真の問題を類推し、絞り込み、解決のアイデアを導出する。それを基にユーザーが体験できる試作品を作成、提供し、フィードバックをまた真の問題を探索するインプットとして活用することを繰り返す。

出典:情報処理推進機構「DX白書2021」第4部 DXを支える手法と技術
https://www.ipa.go.jp/ikc/publish/dx_hakusho.html

今では多くの人がスマートフォンを持つ時代になりましたが、2007年にiPhoneが生まれた時、日本では「こんなものを誰が使うんだ」という意見が多かったと聞いています。
しかし、それからたった15年で社会がどうなったかは皆さんご承知のとおりです。
人は、本当の意味で自分が欲しいものが何かわからないことが多い。特にこれだけテクノロジーが発展し、社会が複雑・多様化していると、さらにわからなくなっていくので、デザインという思考プロセスを用いて課題をしっかりと捉えながら解決策を考えることが欠かせません。

具体的にはアイデアをプロトタイプとして具現化し、プロトタイプに対するユーザーの体験を通じてブラッシュアップしていくという作業、さらに言うと、到達した結果ですらもプロトタイプと捉えて、次のステップへのスタートであると考える思考が必要とされます。
プロジェクトでは、最初の仮説ややり方に固執せず、プロセスの過程で柔軟にフレームをより良いものに変えていくことが重要ですので、その手法のベースとして「デザイン思考のプロセス」をフル活用したいと考えています。

現場にある困りごとや声から課題を捉え、目指すべき姿(To-Be)と現状(As-Is)とのギャップを可視化して本質的な課題を見出し、そこに色々なステークホルダを巻き込みながら、解決のためのアイデアを募り、試行やテストを繰り返す。
「デジタル技術」をキーワードに、解決すべき課題を有する現場と、デジタル技術を持つ多様な主体との架け橋となる空間を創造することが必要だと考えています。

横浜DX戦略に掲げる4つの視点とデザイン思考
4つの視点とデザイン思考(横浜DX戦略より)

UX(ユーザーエクスペリエンス)
 -利用者が便利を実感できる体験を大切にします。
オープンイノベーション
 -市民や企業との参加・協力の場を大切にします。
アジャイル
 -試行と修正を素早く繰り返して、企画、設計、開発、構築します。
データドリブン
 -データを収集・分析して、課題を把握し解決を考えます。

推進の土台づくりとアクション

戦略では、最初の4年間をDX実現に向けた「First Step」として「戦略推進の土台づくり」と「初動のアクション」を行うことを掲げています。
その具体例と、ポイントとしている点を教えてください。

下田)ひとつめは西区と港南区をモデル区として実施する「デジタル区役所」の取組み、ふたつめはデジタルガバメントのための創発・共創のプラットフォーム「YOKOHAMA Hack!」です。

横浜において区役所は最も市民に近い行政機関として多くの社会課題に対応していますが、その課題は複雑で広範にわたっており、行政はもとより、地域や企業単独では解決できません。
また、行政サービスは行政内部の処理(バックヤード)まで含めた全体コストを見据えて効率化を図るべきと言われていますが、その現場も多くは区役所にあります。
横浜市では過去に個性ある区づくり推進費の創設や土木事務所や保育所の区組織への編入など様々な区の機能強化を行っていますが、そこに「デジタル技術」というキーワードを付加し、最前線にいる現場の職員によるプロジェクトメンバーの声に耳を澄まし、そこから課題を浮き彫りにし、アイデアを募り、試行やテストを重ねるという共創型のプロジェクト方式によって行政の現場や地域が抱える問題を解決するモデルを生み出したいと考えています。

そうして出てきた課題に対しては「YOKOHAMA Hack!」の枠組みで解決可能なソリューションを広く募り、提案してくださった民間企業等の皆様と行政、市民などの実際のターゲットユーザーも含めて試行しながら、より良いものにアップデートしていこうと考えています。

YOKOHAMA Hack!全体スキーム

 令和3年度は、経済局による新産業創造を目的とした同様の共創プラットフォームである「I・TOP横浜」と連携した先行プロジェクトを実施していますが、令和4年度からは本格的に進めていきます。

横浜の市民力を活かす

横浜DX戦略の中で「地域のDX」、特に地域活動に注視してDXを進めると書かれているのは、いかにも市民力の高さを誇る横浜市ならではだなと感じます。

下田)横浜市は377万人の市民が住む日本最大の基礎自治体ではありますが、日本の他の自治体と同じように、人口減少、少子高齢化の進行に伴う担い手不足や空き家問題、地域交通の衰退に直面しています。
そこにコロナ禍で、地域活動やイベント、広報伝達がストップしたり、補助金の申請や支給に支障が出たりと、地域の『つながり・やりとり』が強制的に遮断されるという追い打ちが掛かったわけですが、一方で、コロナ禍が高齢世代へのスマートフォンの普及、地域拠点や学校へのWi-Fi環境の整備を加速させたほか、東京都区部が転出超過となるなど人口動態にも変化をもたらしています。
コロナ禍では市民や事業者の皆様が多大な我慢や損失を強いられていますが、今後を見据えた時にむしろこうした流れをチャンスと捉え、地域、郊外部に新たな価値を創造していくことが必要なのではないかと思っていますし、こうした動きを国でも「デジタル田園都市国家」という言葉で表現するようになったことはポジティブに捉えるべきと考えています。

地域を支えるミドルレイヤーの概念図

横浜の地域の交流と活動を支える中核となっているのは、学校・地域ケアプラザ・地区センターなどの「地域拠点」と自治会町内会・消防団・民生委員などの「地域の担い手」であり、私たちはその層を「ミドルレイヤー」と呼んでいます。地域にとって重要な資産である「地域や誰かのためになりたい」という意欲を持つミドルレイヤー層の活動、機能、相互連携をデジタルで強化し、地域をリアル(対面)とデジタル(オンライン)のベストミックスでエンパワーメントする「ハイブリッド・コミュニティ」という新たな価値を創造したいと考えています。

また、そのために「市民デジタル工房的思想」が有効ではとも考えていて、技術的バックグラウンドのない市民でも、必要なデジタル技術、ノウハウ、パートナーなどの武器を手に入れ、地域課題の解決やデジタルデバイトな人たちへのサービスデザイナーとなれる環境があることで、これまで一方的なサービスや情報の「受け手」とされてきた消費者や市民を製品やサービスの開発の初期段階から巻き込み、新たな担い手としていくことができるのではと思っています。

デジタル区役所やYOKOHAMA Hack!、デジタルによるミドルレイヤーのエンパワーメント、市民デジタル工房のすべてがそろったら、そこは「デジタルタウン」と呼ぶに相応しい街となりますね。デジタルという手段を使って街に住む市民自身が街をバージョンアップしていける、そんな街に住める未来が楽しみです。

本日はありがとうございました。