「横浜イノベーション!」の著者・内田裕子さんに聞く。DX時代の「横浜の物語」とは
皆様こんにちは。横浜市デジタル統括本部です。
横浜市では毎年恒例4月の定期人事異動が行われ、合わせてデジタル統括本部もリニューアルされました。
具体的には、これまでの26名から体制を大幅に増強し、総勢100名を超える大所帯になったほか、「デジタル×デザイン」の考え方を全庁に浸透させ、変革に前向きな組織風土を醸成するサポートを行うための専門チームであるデジタル・デザイン室を設置しました。
今後はこの布陣で「横浜DX戦略」方向性/骨子案の具体化やデジタル区役所やYOKOHAMA Hack!などの事業を推進し、デジタルをツールにした横浜のイノベーション加速に向かっていくことになります。
今回はそんなスタート地点に立った取組みをテーマに「横浜イノベーション!」の著者である内田裕子氏にインタビューを行いました。
今後横浜がDXを進めていくにあたり重要なキーワードをたくさんご提示いただきましたので、ぜひ最後までお読みください。
「新しい横浜」に向かうために問い直すべきこと
本日はよろしくお願いします。
横浜市デジタル統括本部では、1月末に「横浜DX戦略(仮称)方向性/骨子案」(以下、横浜DX戦略といいます。)を公表しましたが、こちらをご覧になった感想をお聞かせください。
内田裕子氏(以下、内田氏)
先ほど本部長からも横浜DX戦略についてのプレゼンをしていただきましたが、「よくここまでまとめられた」と言うのが率直な第一印象です。
「横浜イノベーション!」の中にも「横浜は日本の縮図で、横浜を見れば日本の短所も長所も見えてくる」と書いたのですが、横浜には大都市が抱える多様で複雑な地域課題が凝縮されていて、何から手をつけていいのか途方に暮れてしまいそうですが、そこをしっかりと捉えてまとめられていると感じました。
コロナ禍を受けて、横浜に限らず、日本全体が「イノベーション!」と叫びだしたような印象があります。
内田さんの目にはどのように映っていますか。
内田氏)100年に一度の産業の転換期がまさに今だと感じています。それがコロナ禍で変わらざるをえなくなったということでしょう。
終戦後に焼け野原になった日本が高度経済成長期を経て立ち上がっていく段階で、様々な技術の創出や経済発展がありましたが、すでにそれらは制度疲労を起こしています。
感度のいい経営者がいる企業では「今までと同じではもう駄目だ」と感じて手を打ち始めていますが、過去の成功体験に囚われたまま変革できない企業も多い。新事業やM&Aに向けて舵を切って、そこに思い切った投資をする決断をしなければいけない局面なのにそれができない。それこそ日本企業が世界で競争力を失ってきた原因かと思います。コロナ禍によって、イノベーションの兆しが見えてきている気がします。
横浜DX戦略もまさにそうした状況を受けて策定されたものとなります。
戦略を進めていく上で大事にすべきことはなんでしょうか。
内田氏)今までと同じではいけませんが、単にどこかでやっていることを真似して取り入れていくだけでは、表面的な取組みで終わってしまったり、逆に今までの強みや良さが失われてしまうことがあります。
プロセスの中で大事にすべきは、まず「自分たちの存在価値」「何のために社会の中にいるのか?」という根源的なことを戦略の指針としてしっかりと定義することです。
企業経営においては、これを「パーパス経営」と呼んでいます。
横浜が過去50年間のまちづくりの中で目指してきたものが「都市の豊かさ」だったと思います。
戦後の急激な都市開発の波を受けつつも、都市づくりを単に「機能性や経済性などの価値観」の追求と捉えずに美しさ、楽しさ、潤いなどの「美的価値・人間的価値」をバランスさせ、特徴と魅力ある都市空間を形成するための「都市デザイン」の取組みを50年に渡り続けていたので、手段がデジタルに変わったとしてもそれは変わらないのだろうと思います。
内田氏)それは素晴らしいですね。そこまで「都市デザイン」にこだわってつくられてきた街は他にはないと思います。そこは横浜の圧倒的な個性であり価値です。横浜は今、次の50年への転換点であると考えたとき、これからつくりあげていく「横浜DX戦略」のデザインには、あらかじめ50年先の横浜をイメージして織り込んでいく必要があると思います。そこには「横浜の普遍的なパーパス」を軸としながら、街の機能は逆にあえて固定化しないように、どんな世の中が来ても柔軟に対応できるフレキシビリティが重要になってくると思います。いうならば「不易流行」です。難しいかもしれませんが、持続可能な街づくりという点で挑戦する意義があると思います。そこはこれまでとは発想の転換が必要になるかもしれません。
自分が色々な都市を見てきた中で、「新しいことをやります!」というセリフが一番似合うのが横浜です。
対外的に見た横浜はイノベーティブそのものです。
しかし、中をじっくり見るといがいと横浜には保守的な部分も多い。横浜ほどあらゆる資源に恵まれた街はそうはありません。伸びしろはものすごくあるのに、なぜもっと活かそうとしないのだろうと思っていましたが、先ほど横浜DX戦略を拝見して、さすが横浜、いよいよ本気で動き出したな、と感じました。
都市の「ストレス」を解消する
内田氏)都市部の住民にはストレスがたくさんあります。しかしそのストレスは我慢するのが当然だと思っています。しかし我慢強さにも限度があります。
10万人あたりの自殺率で神奈川県は常に上位にランクされていますし、他にも教育の疲弊、家庭力の低下、見守り機能の低下などがあります。
日本人は真面目なので自分で背負い込んでしまう。それが生きづらさになっています。しかし手の平にスマートフォンというスーパーコンピューターを持つような時代になって、ようやくそのストレスを解消するチャンスが到来したと感じています。だれかに直接相談するのは遠慮してできなくても、アプリをつかって困りごとを投稿することはできる。そうした困りごとを見える化することで、今困っている人をすぐに助けられる仕組みを作るテクノロジーが揃ってきたということです。
社会課題の見える化というのは行政にとってもコミュニティにとっても不都合な真実も明らかにしてしまうこともあるので尻込みしてしまうと思いますが、コロナ禍を経験したことで、「今、誰が困っているのか」を的確に掴み、助けることの価値を多くの人が感じたと思います。それによってリソース配分の適正化も進んでいくと思います。
よくわかります。
今後多様化する課題に対応するために、横浜DX戦略では重点方針3に「地域の交流と活動を支えるミドルレイヤーのエンパワーメント」を掲げています。
内田氏)横浜は市町村では日本一NPO数が多い自治体ですが、その活動はまったく見える化されていません。
今後、中間支援組織は益々大事になると思います。自治会町内会もさらに進化したり、担い手もこれまでと違うメンバーが参加してくる可能性があります。
それは地域の中でプロボノ的に活動している企業戦士の女性かもしれないし、社会課題解決に取り組むスタートアップかもしれない。そういったメンバーがデジタルによって新たに手を結ぶというようなことがおこれば面白いですね。
そうした市民力の見える化は、新しいコミュニティの大きな力になっていく可能性があります。
そうした時代に対応するために横浜市役所という組織も常にイノベーティブであることが求められますね。
内田氏)そうですね。DXというのは一朝一夕で結果が出るようなものではなく、10年くらいのスパンで見ていく必要がある取組みです。
イノベーションをおこそうとするには、組織内部の議論の在り方から変えていく必要があります。
新しいアイデアを出せと言っても、多くの日本人はそんな教育を受けてきていません。むしろ自分の意見を持つということがマイナスにも取られるのが日本の空気感です。そうした文化と空気をどう変えていくかが重要です。
イノベーティブな組織とそうではない組織の違いは「心理的安全性」の有無にあります。
本音で議論を戦わせるためには、例えば、部下が上司に「それは違います」と言っても問題ないという保障が必要ですし、せっかく若手が斬新なアイデアを出してきたのに、理解しようともしなければ、モチベーションは失われます。
組織からイノベーティブな思考が失われてしまうと取り戻すのは簡単ではない。それを防ぐためにはお互いを認め合った上で良いことも悪いことも言い合える環境が組織の中にあることが必要です。
そのためには一見無駄と思われる「雑談」ができるような時間や、変化に前向きな人たちを徹底的に応援すること、取り組みが取り上げられるようにメディアをうまく利用することなどが大事ですね。
昔は企業の活動がメディアのコンテンツにはなりませんでしたが、今ではそれが主流になっているといっても過言ではありません。今後は行政のDXの取り組みが、メディアのコンテンツとして注目される可能性は大いにあると思います。
最先端のまちづくりのネットワークとつながり、「まちづくりのデザイン」をソフトウェアやデータで起こしていければ、確かに時代を先取りする取組みになり得ると思いました。
示唆に富むお話をありがとうございました。